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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)2117号 判決

原告(反訴被告) 巻島宗寿

被告(反訴原告) 小菅春吉

主文

原告の本訴請求を棄却する。

反訴被告は反訴原告に対し金一万八千四百八十六円及びこれに対する昭和三十年三月十六日から完済に至るまで年

五分の割合による金員を支払え。

反訴原告のその余の反訴請求を棄却する。

訴訟費用は本訴反訴を通じてこれを三分し、その二を原告(反訴被告)の、その余を被告(反訴原告)の各負担とする。

事実

原告(反訴被告)の訴訟代理人は本訴につき「被告は原告に対し金二十五万円及びこれに対する昭和三十一年七月十二日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、訴外三協商事株式会社は昭和二十七年八月二十八日被告に宛て金額三十五万円、支払期日同年九月二十六日、支払地東京都北区、支払場所王子信用金庫十条支店振出地同都品川区と記載した約束手形一通を振出し、原告は被告から右手形の裏書譲渡を受けてその所持人となつた。ところが被告は満期日の前日たる同月二十五日原告に対し右手形金は満期の日、原告方に持参して支払う旨を約し支払のため手形の呈示を止められたい旨を懇請して手形の呈示を免除した。これがため原告は支払のため右手形の呈示をしなかつたが、呈示免除の特約がある以上被告は原告に対し手形裏書人として償還義務を免れるものではない。仮に手形呈示の免除が手形法上効力がないとしても被告は原告に対し前記特約に基き手形金を支払うべき民法上の義務がある。しかるに昭和二十八年六月十六日被告の妻を通じて金十万円の弁済がなされただけでその余の弁済がないから原告は被告に対し右手形金残二十五万円及びこれに対する支払期日後たる昭和三十一年七月十二日から完済に至るまで手形法所定年六分の割合による法定利息の支払を求めるため本訴に及んだと述べ、被告の時効の抗弁に対し被告は昭和二十八年六月十六日原告に対し前述のとおり本件手形金債務を承認してその内金十万円を支払いその残額についてはその後昭和二十九年十一月中原告並びにその代理人たる秋島義一からそれぞれ支払を求められそのつど債務の存在を承認したうえその支払の猶予を求めながら支払をしないので原告は被告に対し同年十二月九日附内容証明郵便を以て、書面到達の日から三日以内に右残額を支払うべき旨の催告をなし、右書面は翌同月十日被告に到達した。従つて右債務の消滅時効は右債務の承認及び請求により中断されたと述べ、反訴につき請求棄却の判決を求め答弁として反訴被告が反訴原告からその主張の期日に酒、みそ、しよう油等を買受けその代金の支払残が金一万八千四百八十六円に存し反訴原告から主張のような支払の催告があつたことは認めるがその余の反訴原告主張事実は否認する。もつとも反訴被告は反訴原告主張日時、反訴原告の妻から金十万円を受領したが、右金銭は前述のとおり手形金の内入弁済として受領したものである。しかして反訴被告は本訴において前記手形金三十五万円に対する満期日の翌日たる昭和二十七年九月二十七日からその内金十万円の弁済があつた昭和二十八年六月十六日まで及びその残金二十五万円に対する翌同月十七日以降の年六分の割合による法定利息を以て前記売掛代金債務と対当額につき相殺するものであると抗争した。〈立証省略〉

被告(反訴原告)訴訟代理人は本訴につき主文第一項同旨の判決を求め答弁として、訴外三協商事株式会社が被告に宛て原告主張の約束手形一通を振出し被告が原告に対し右手形を裏書譲渡したことは認めるが、その余の原告主張事実は否認する。仮に被告に手形償還義務があるとしても、右手形償還請求権は満期日たる昭和二十七年九月二十六日から一年を経過した昭昭二十八年九月二十六日を以て消滅時効が完成したから原告の請求には応じられないと抗争し、原告の時効中断の抗弁に対し、被告が原告に対しその主張日時被告の妻を通じ金十万円を交付したことは認めるが、右金銭は後述のとおり被告が原告に貸付けたものであつて本件手形と関係がない。また被告が原告主張日時原告の代理人たる秋島義一から右手形の問題に関し解決を求められたことは認めるが右は手形振出人に対する支払の督促を依頼されたにすぎずまして被告がその際自ら債務を承認し支払の猶予を求めたことはない。被告が原告主張の内容証明郵便を受取つたことは認める。その余の原告主張事実は否認すると述べ、反訴につき「反訴被告は反訴原告に対し金十一万八千四百八十六円及びこれに対する昭和三十年三月十六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は反訴被告の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求めその請求の原因として、反訴原告は昭和二十八年六月十六日その妻小菅ふみを通じて反訴被告に対し金十万円を弁済期を定めず貸付けた。また反訴原告は反訴被告に対し同年十月十三日から昭和二十九年五月十四日までの間に酒、みそ、しよう油等を売渡したがその代金支払残は金一万八千四百八十六円存する。しかして反訴原告は反訴被告に対し昭和三十年三月九日附内容証明郵便を以て右貸金及び売掛代金を書面到達の日から五日以内に支払うべき旨の催告をなし右書面は翌同月十日反訴被告に到達した。よつて反訴被告に対し右貸金、売掛代金の合計金十一万八千四百八十六円及びこれに対する弁済期の翌日たる同月十六日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものであると述べ、反訴被告の相殺の抗弁に対し、反訴原告に反訴被告主張の手形償還債務がないことは前述のとおりであるから右抗弁は失当であると述べた。〈立証省略〉

理由

先ず本訴につき判断する。

訴外三協商事株式会社が昭和二十七年八月二十八日被告に宛て金額三十五万円、支払期日同年九月二十六日、支払地東京都北区、支払場所王子信用金庫十条支店、振出地同都品川区と記載した約束手形一通を振出し、原告が被告の裏書譲渡を受けてその所持人となつたことは当事者間に争がない。

しかるに原告が右手形を法定の期間内に支払のため呈示しなかつたことは原告の自認するところである。

もつとも原告は被告との間において手形呈示免除の特約が成立したから被告は手形償還を免れない旨を主張するから考えてみるとそもそも約束手形を支払のため法定期間内に呈示することは償還請求権保全の要件ではあつても償還義務者が手形の呈示を免除しこれがなくとも償還をなすべき旨特約をなしたときその当事者間においてかような特約が効力を有することはこれを否定すべき根拠はないけれども飜つて考えれば約束手形の裏書人の償還義務は本来その振出人が手形の支払をしないときに裏書をなしたことに課せられた法定の担保責任である一方手形が呈示証券たる性質上振出人は手形の呈示を受けない限りその支払をなすを要しないからこの点に鑑み手形呈示免除の特約の効力は次のように解するのが相当である。すなわち約束手形の裏書人はかような特約をなしたときは遡及の要件たる法定の期間内における手形の呈示並びに拒絶証書作成がなくとも振出人が手形の呈示を受けて(この場合必ずしも適法期間内に呈示があるを要しない)その支払をしない事実が証明される限り直接の当事者に対しては償還請求を拒み得ないが右事実がなければ償還義務は生じないとなすべきである。これを本件についてみれば原告が本件手形を法定の期間経過後なりともその振出人たる三協商事株式会社の支払のため呈示して支払を拒絶されたことについてはなんら主張立証がない。従つて被告は右手形の裏書人として償還請求を受くべきいわれがない。

ところで原告は被告は本件手形金を満期日に原告方に持参して支払うべき旨を約したから民法上右の特約に基く義務がある旨主張するから考えてみると原告本人尋問の結果によれば被告は本件手形の満期日の前日たる昭和二十七年九月二十五日原告に対し右手形金を満期の日原告方に持参して支払うにつき支払のため手形を支払場所において呈示することを止めるように懇請し原告の承諾を得たことが窺われ、右認定に反する被告本人尋問の結果はにわかに措信し難い。しかしながら右認定の事実によつても被告は原告に対し本件手形につき支払のためにする呈示の免除をなしたものと解されるに止まり手形外の関係において手形金額に相当する金員の支払を約したものと解するにはなお程遠いものがある。その他原告の右主張を肯認するに足る証拠はない。

そうだとすれば被告に本件手形の償還義務又は民法上これと同一内容の給付義務があることを前提とする原告の本訴請求は理由がないこと明らかであるからこれを棄却すべきである。

そこで進んで反訴につき判断する。

反訴原告が昭和二十八年六月十六日その妻小菅ふみを通じて反訴被告に対し金十万円を交付したことは当事者間に争がない。しかして反訴原告は右金銭は反訴被告に対して貸付けたものであると主張し、証人小菅ふみ、同荒牧敏雄の各証言並びに反訴原告本人尋問の結果中にはそれぞれ右主張に副う供述があるけれども右供述はさきに本訴につき認定したとおり反訴被告が反訴原告から前記手形の裏書譲渡を受けてこれを所持する事実並びに後顕各証拠に徴してにわかに措信することができない。のみならず証人秋島義一、同荒牧幸三の各証言並びに反訴被告本人尋問の結果によればかえつて反訴被告は反訴原告の依頼に応じ前記手形の裏書譲渡を受けて金三十五万円の貸付をなしたが(その借主が三協商事株式会社であることは証人荒牧敏雄の証言並びに反訴原告本人尋問の結果によりこれを認め得べく右認定に反する限度において証人秋島義一並びに反訴被告本人の各供述は措信することができない)右手形の満期日も反訴原告の懇請により手形の呈示をなさずに経過したのでその後反訴原告を通じて返済を求めたところ反訴原告は右貸付の仲介をなし且つ手形に裏書をなしたことの責任感から反訴被告に対し支払をなすべき日取を通知し自己の不在中妻に命じて右貸金の内入として金十万円の立替払をなしたものであることが窺われる。もつとも反訴原告に右手形の償還義務又は民法上これと同一内容の給付義務がないことは本訴につき説示したとおりであるが右は法律上の解釈であつて当事者が当時右解釈に従わなかつたとしてもなんら異とするに足りないから少しも右認定の妨げとならない。他に右認定を覆して反訴原告の前記主張を肯認するに足る証拠はない。

次に反訴原告が反訴被告に対し昭和二十八年十月十三日から昭和二十九年五月十四日までの間に酒、みそ、しよう油等を売渡しその支払残が金一万八千四百八十六円存すること、反訴原告が昭和三十年三月九日附内容証明郵便を以て反訴被告に対し右売掛代金を書面到達の日から五日以内に支払うべき旨の催告をなし右書面が同月十日反訴被告に到達したことは当事者間に争がない。

しかして反訴被告は前記手形金三十五万円に対する満期日の翌日たる昭和二十七年九月二十七日から内金十万円の弁済があつた昭和二十八年六月十六日まで及びその残金二十五万円に対する翌同月十七日以降の年六分の割合による法定利息を以て右売掛代金債務と対当額につき相殺するものである旨を主張するがさきに本訴につき説示した理由により反訴被告は反訴原告に対し前記手形の償還請求権を有するものでないから反訴被告の右抗弁は採用することができない。

そうだとすれば反訴原告の反訴請求は本件売掛代金一万八千四百八十六円及びこれに対する催告期間満了の日の翌日たる昭和三十年三月十六日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容すべきであるがその余は失当として棄却すべきである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条本文を適用して主文のとおり判決する。なお反訴原告はその勝訴部分につき仮執行の宣言を求めるが本件の場合特に仮執行の宣言に対する必要を認めないから右申立はこれを却下する。

(裁判官 駒田駿太郎)

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